もう?まだ?誕生日に思う・・

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   空も海も
   山も森も
   自然は
   何も聞かず
   何も問わず
   ただいつものように
   そこにあるだけ




なのにその側に
身を置くだけで
癒され
励まされ
元気を貰う。

人の言葉には
素直になれないような時も

空や
風や
光や
海の語りかけには
いつの間にか
耳を傾けている。

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   答えは
   出さなくても
   良いよ・・

   ただ
   側にあることを
   感じてくれて
   いれば





何も聞かず
何も問わず

ただそこに変わりなく
あるという存在が
どんなに大切なものなのか・・

見上げれば空、星
歩けば木々や草花
日々の生活の
そこかしこに虫や動物
見渡せば大海原
振り返れば青い山並み

次の時代を生きる子供たちが
大人になった頃も
それらは
特別な場所や物としてではなく

いつものように
当たり前のように
“そこにある存在”で
あって欲しいと願う・・・


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  今回の旅で
  ハッピーと
  海を眺めながら
  胸に広がった
  思い・・・

  ハッピーは何を
  感じたのかなぁ

     



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自然の驚異
世界的な経済不安
原発など文明の発展の
裏に潜む不気味な陰

新聞やニュースを読むたび
世界規模で時代の様々なひずみが浮き彫りにされて
気持が重くなることの多いこの頃・・

2月に誕生日を迎え
自分の生きてきた半世紀という時間の流れの意味を思う。

いつの間にか50代も半ば・・

気分はまだまだ若いつもりでも
鏡の中には去年より確実にシワが増えた私がいて
はぁ~とタメイキついたりして・・

以前は
もう~という思いと
まだ~という思いが絡み合って
複雑な心境で迎えた誕生日。

でも、昨年の大震災以後
新しい日々のページをめくることが出来るって
本当に・・心から嬉しいと素直に思うようになった。

シワ・・って
無事に時を重ねてこの年代を迎えられたからこそあるもんジャン!
なんて
ちょっと負け惜しみも・・?

で・・話は半世紀=50年という時代の流れに戻って

ネットで調べてみると終戦って1945年で・・
ってことは自分が生まれるわずか十数年前は
まだ戦時中だったってこと。

以後、日本では戦争がない国として今に至っているけれど
考えてみたらその頃からまだ100年もたってないんですね。

一応戦争を知らない子供達ではあるけれど
戦禍の色がまだまだ抜けきれない時代に生まれ
ほんのちょっとの時間差でもしかしたら
その渦に巻き込まれていた世代だったんだ。。と思うと
愕然としてしまう。

かろうじて現在は平和を保っているけれど
世界の何処かでは戦争は繰り返されているし
戦争がないとしても原発など
文明の発展の裏にあるひずみを知ってしまった今は
いつまで地球が健康体でいられるのか
時代の不確かさに不安ばかり募ってしまう。

人間は一人一人が地球にとって
ひとつの細胞のようなもの。

たった一つの細胞にはそれほどの力はないかもしれないけれど
それがガンであればどんどん増殖して身体を蝕んでしまう。

何千年もの時間を経て生物が入れ替わり立ち代り時代を築き
廻り廻ってせっかく授かった“人間の時代”を
ガン細胞として生きたくないと思うし
人間の文明や知識が地球にとっての“ガン細胞”であって欲しくないと思う。

やがて命を閉じる時が訪れたとき
地球はいつの時代を心温まる思いで懐かしむのだろう・・

どんな我が子もそれぞれに愛しいように

どの世紀の
どの時代の
どんな人間達も地球が生んだ我が子達だから
大切な存在だったよ・・と言ってくれるだろうか。